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くらしの作文

    • 2019年07月10日(水)
    • いいね新聞生活

中日新聞朝刊の生活面に「くらしの作文」という読者投稿欄があります。開始は1952(昭和27)年といいますから、67年も続く長寿コーナーです。読者が日々の暮らしの中の出来事や感じたことを520字程度の文章につづって投稿し、それを担当の編集委員がじっくり目を通し、毎日1点ずつ掲載しています。

スタート時はまだ敗戦から7年しかたっておらず、戦争の傷跡があちこちに残っていたころ。「日々の生活に〝心のともしび〟をともす『くらしの作文』を募集します-」。こんなお知らせが新聞の片隅に載ると、大きな反響を呼び、多いときは一日100通を超す投稿があったそうです。担当者によれば、昨今の投稿数は一日15点前後といいますから、だいぶ少なくはなりました。それでも毎日、一定数の投稿が封書、FAX、メールで寄せられます。

一昨年、「くらしの作文」という本が中日新聞社から出版されました。生活面に掲載された最近作を中心に153編が収録されています。実家にある「ぼんぼん時計」の思い出、亡き祖母の味を懐かしみながら作る「おばあちゃんの白あえ」、「もったいない病」の夫、幼子を抱えながらの買い物帰り、見知らぬ女性から声を掛けられ、思わず涙があふれた「勇気をもらったひと言」…。家族のこと、子ども時分やふるさとの思い出、人との出会い、ふれあい。ドラマ仕立てではない、ささやかな日常の話ばかりですが、読んでいて胸が熱くなり、心が温まります。

本には、開始当初の1950年代から80年代にかけて掲載された、暮らしの歴史をたどる作品20数点も掲載されています。洗濯をしたシーツをかける布団の上で遊ぶ2歳半の娘を見ながら、同じことをしていた幼時の自分と重ね合わせる「母から子へ」という作品。編集者のこんな添え書きがありました。「疲れた頭で、その日にあった出来事を見つめ直す。娘と交わした会話、干したシーツのにおい、懐かしいお母さんの仕草。何も書かずに済ませば『疲れた日々の中の一日』だったこの日を、かけがえのない一日に変える営みだ」

いつも思うのですが、文章を書くという行為は、見たり読んだりするのに比べて、数倍もエネルギーがいります。それでも今の気持ちを文章にしてみたい、文字にすることで自分の心を見つめたい、という内なる欲求が、ペンを握らせ、パソコンのキーボードに向かわせるのでしょう。

担当者は、選ぶのは文章のうまい下手ではなく、心に響いたかどうかだといいます。投稿はしなくても、機微に触れる作品を読んだ読者が「そう、そう」と共感し、いても立ってもいられず作者に手紙を出すといったことも珍しくありません。投稿者の思いを伝え、共感の輪を広げる「くらしの作文」は、新聞が関係者だけでなく、読者の参加によってできていることをあらためて感じさせてくれるのです。(有)