しんぶんのうたHistory-1 えっ~!新聞の歌ですか!?
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- 2018年09月24日(月)
- しんぶんのうた
電車の中でうまれたメロディー
今思い返すと3年前、2015年の4月に「しんぶんのうた」の制作を多治見市在住のシンガーソングライターである佐藤梓さんにお願いしました。「しんぶんのうた」プロジェクトとしては3年しか経っていないのですが、実はその約1年前の2014年5月に所用で名古屋に向かう電車で梓さんと偶然お会いし、いろいろ話している最中に「そういえば、梓ちゃん、新聞をモチーフにした歌を作れないかな?」と私、佐藤からの打診が始まりでした。
新聞が教育に役立つと言われて久しい昨今、その一方で新聞そのものを知らないお子様も少なくないのではと思うなかで、まずは「新聞」という言葉だけでも覚えてもらえるように、楽しく歌って踊れる曲があったらよいのではと考えていた時でした。
梓さんは「えっ~!新聞の歌ですか!?それなら♪ペラペラペラペラ、しんぶん王子♪って感じですかね?」と笑いながら、その後「しんぶんのうた」のほぼサビの部分となるメロディーをその場で即興で口ずさんでくれたのを覚えています。(※「しんぶん王子」というのは約10年前、新聞普及のために作った漫画の主人公。これはこれで思い出深いので、また別の機会に触れたいと思います。)その時は「そうそう、そんな感じ!」という軽いノリで、また環境が整ったら改めて連絡するということで別れました。余談ですが、もうその瞬間にサビとなるメロディーがひらめく、アーティストの直感的な才覚ってすごいなと今更ながらびっくりです。
検討を重ねて、ついに正式に発注!
その後いろいろ思案して過ごしながら2015年を迎え、そのアイデアを東濃地区の中日新聞販売店の仲間にも相談したところ、いろいろな意見は出ましたが最終的に「やってみよう!」という結論に至り、新聞の歌を作ることとなりました。組織的には新聞の価値普及委員会という新しい委員会を立ち上げることに。まっさらな状態でのスタートでしたが、これで最低限の環境は整いました。
4月に入ってから「あの時の新聞の歌の話だけど…」と梓さんに正式発注。子ども向けの歌って踊れるアップテンポの曲と、もう一つは、大人向けのスローバラードの制作をお願いしました。それから忙しく時が流れ、販売店の仲間と打ち合わせを重ねながら、友人の土井薫さんや松尾エリさんにもサポートしてもらい、その年の夏にデモ版、そして秋には「しんぶんのうた」と「小さな宝物」の二曲が完成しました。完成した曲を初めて聴かせてもらった時の、震えるような感動を今も覚えています。改めてこう振り返ると、せっかく良い曲を作ってもらったのでもっと普及活動に尽力せねば、と強い気持ちが湧いてきます!(History-2へ続く)
多治見市生まれ。子どもの頃は、カブトムシやクワガタを捕まえたり魚釣りが大好きで、放課後や夏休みになると永保寺周辺の林を駆け回ったり、土岐川のねずみ岩でザリガニを餌に野ゴイを狙うといった少年時代を過ごす。中学・高校時代はバスケットに夢中になり、大学進学と同時に楕円球に魅せられてラガーマンに。菅平での試合中に顎の骨を折り、帰省して県病院に入院したこと、最終年度の公式リーグ戦で優勝できたこと、そして海外遠征では王国ニュージーランドで地元の英雄、伝説のNo.8ウェイン・シェルフォード直々のコーチングを受けられたのは懐かしい思い出。大学卒業後は総合商社に11年半勤務の後2002年に多治見へ帰郷、現在に至る。