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【コロナ対策】新聞で正確な情報を!コロナ深知り!⑨「iPS細胞でコロナに挑む」

    • 2020年09月04日(金)
    • いいね新聞生活

ミニ肺作って 感染解明 重症化原因探る

新型コロナウイルスが体内でどう病気を引き起こしているのかは、まだまだ謎だらけ。iPS細胞を使ってこの謎に挑むプロジェクトが動きだしました。山中伸弥教授が率いる京都大 iPS細胞研究所が、肺や気管支の一部を再現する「ミニ臓器」を作製し、病気の状態を試験管内に再現。重症化しやすい人の特徴をつかみ、治療に役立てることを目指します。(森耕一)

強い危機感

日本を代表する大富豪も、研究に期待しているようです。

ユニクロを運営するファーストリテイリングの柳井正会長兼社長は6月、ノーベル医学生理学賞を受章した京大の山中教授と本庶佑教授の研究に50億円ずつを寄付しました。山中教授はこのうち五億円を、コロナウイス研究の新プロジェクト立ち上げに活用することを希望し、柳井さんが快諾しました。

山中教授は再生医療や細胞生物学の専門家。感染症は専門外ですが、警戒を呼びかける発信を活発に続けています。テレビ出演だけでなく、自身でウェブサイトを立ち上げ、ウイルスの性質や注目すべき論文を解説しています。

ジョギングするときのエチケットまで紹介し、最近は「(経済を動かすより)感染防止の方向にかじを切る必要があるのではないでしょうか」と提言します。

研究所広報担当の和田浜裕之さんによると、山中さんは感染が広がる前の2月中旬から「ウイルスの怖さに対する経営者や社会のリーダーの危機感が足りない」と心配して動きだしました。若手研究者のころに研究室のホームページを自作していたといい、今回のサイトもほぼひとりで更新しているそうです。

ノーベル賞受賞者が、ここまで活発に発信を続けるのは異例です。和田浜さんは「山中教授はかなりの時間をコロナウイルスについての活動に割いている。社会の危機に自分が貢献しないといけないという使命感を感じる」と話します。 

病気を再現

そしていよいよ“本業”の iPS細胞研究でもコロナウイルスに向き合います。iPS細胞は、人の皮膚や血液の細胞に数種類の遺伝子を入れることで、体のどんな細胞にも変化できる「生まれたて」の状態に戻す技術。ここから網膜細胞を作って視力を回復したり、心筋細胞にして心筋梗塞を治したりする再生医療が期待されています。

もうひとつiPS細胞研究で山中さんが力をいれているのが、病気を試験管のなかで再現することです。体中の組織を作れるのですから、その組織を病気の状態にできれば、病気がどう始まり進行していくか実験室で調べられます。作った組織に治療薬になりそうな物質をふりかけて、治るかどうか反応をみることもできます。

これまでは、マウスなどの実験動物を使って病気の状態を再現してきましたが、新型ウイルスでは、人間と同じように感染する動物の確立はまだ十分ではありません。動物実験には倫理的にも難しい面があります。

プロジェクトでは、新型コロナウイルスに感染し回復した人の血液からiPS細胞を作り、ウイルスが特に感染しやすい肺の奥の肺胞や、気管支の組織に変化させます。まだ完全な肺を作る技術はありませんが、肺の各部位を構成する複数の細胞が組み合わさった、臓器に近いミニ臓器といえる状態にできるのです。

無症状感染者、軽症、重症患者それぞれのiPS細胞から作ったミニ臓器に新型コロナウイルスをふりかけ、ウイルスがどのように細胞に入り込み組織を壊していくか調べます。軽症と重症の人から作ったミニ組織の感染の進行を比べると、重症化につながる原因が見えてくる可能性があります。原因が特定されれば、治療薬も見つかるかもしれません。

新型コロナウイルスは、軽い症状で済む人が多い一方で、命に関わる呼吸困難になる人もいます。高齢や、他の病気を持っていることが重症化につながることはわかってきましたが、それだけでは説明がつかない差もあり、人種や遺伝的な特徴が関係している可能性も指摘されています。重症になりそうな人を早めに見極められれば、より多くの命を救い、病院の混乱も防げます。

世界でも

ミニ臓器を使った研究は世界各地で始まっています。新型コロナウイルスは重症化すると全身で炎症を起こします。血管、心臓、肝臓、腎臓、腸管などのミニ臓器で病気の再現や薬探しが試みられています。

iPSといえば思い浮かぶのは再生医療ですが、私たちが恩恵を受けられるのはまだ先になりそうです。その前にコロナウイルスとの戦いで、私たちを救ってくれるかもしれません。

(2020年8月10日付中日新聞朝刊より)※この記事は、中日新聞社の許諾を得て転載しています。
※第二波が来ています。日々の状況は新聞でご確認いただき、感染予防に努めて下さい。