「行きたいと思っていたけど無理だった。来年は直接良い報告ができると…
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- 2020年12月26日(土)
- ドラ番記者プラール
「行きたいと思っていたけど無理だった。来年は直接良い報告ができるといいね」。山井が2014年から続けている東日本大震災の被災地、宮城県気仙沼市を慰問。今年はコロナの影響で現地に行くことはかなわなかった。
記者は2017年に山井に同行させてもらった。印象的だったのは「フェニックスバッティングセンター」を経営する千葉清英さん(51)。震災で妻と2人の娘、義理の両親ら家族7人を失った。生き残ったのは当時小学生だった長男の瑛太さん(19)と2人だけ。近所にバッティングセンターはなく、地元の子どもたちのために一念発起し、14年にオープンにこぎつけた。
しかし、今年はコロナの影響もあり経営も大変だという。千葉さんは山井の現役続行の知らせに「うれしいです。われわれの星」と励みにしているという。いろいろな人の思いを背に山井が勝負の年に挑む。

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