【コロナ対策】新聞で正確な情報を!/コロナ深知り!㉗ 日本「ワククチン敗戦」の背景
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- 2022年05月29日(日)
- いいね新聞生活
バイオ技術 乗り遅れ
コロナ禍で明らかになったことのひとつは、日本の製薬会社がワクチン開発で、世界から遅れている実態でした。バイオテクノロジーを駆使した新しい技術の導入で出遅れたことが要因の一つ、との指摘があります。専門家は「この30年で日本の製薬会社の世界での存在感は、大きく低下した」と危ぶみます。(森耕一)
過去の成功に固執 手法を変えられず
ワクチン敗戦-。日本の現状がこう言われることがあります。国産ワクチンは、なかなかできません。最大の要因は、日本で1990年代にワクチンの健康被害が大きな問題になったことです。世論のワクチンへの拒否感が強まり、国も製薬会社も開発を避けるようになりました。
ワクチンに詳しい研究者や技術者がいなくなり、コロナ向けワクチン開発で出遅れました。大阪大の宮坂昌之招へい教授はかつて、ある企業にワクチン開発の助言をしましたが「経験者がおらず、糖尿病や高血圧の薬の担当者を集め、かなり苦労した」と振り返ります。
✔ジレンマ
別の要因もあります。政府が3月、ワクチン開発を立て直そうと組織した先進的研究開発戦略センター(SCARDA)の浜口道成センター長は「日本の製薬会社はイノベーションのジレンマにはまり込んでいる」と分析します。
経営学の用語で、優れた技術や製品を持っている企業が、その技術にこだわるあまり、新技術の変化についていけないことを示します。80年代、日本の製薬会社は米国と互角の数の新薬を開発していたのが、2010年には米国の5分の1以下になったといいます。
この間、遺伝子組み換え技術でバイオテクノロジーが急速に発展しました。製造が難しかった複雑なタンパク質を、安く大量に生産して薬にできるようになりました。糖尿病で使うインスリンはブタの膵臓からとっていましたが、高価で衛生面も問題がありました。
現在は工場のタンクで遺伝子を組み換えた大腸菌や酵母を使って作ります。より複雑な抗体も正確に大量に作れるようになりました。
日本企業が世界トップ水準だった1980年代の主流の薬は「低分子薬」と呼ばれる比較的単純な構造の薬で、原料を混ぜたり熱したりする化学実験のような手法で作られていました。
90年代以降は、複雑な構造を持った抗体をはじめ、バイオテクノロジーを駆使する薬が主流になりました。浜口さんは「日本企業は低分子薬の成功にこだわるうち、世界から大きく遅れた」と指摘します。「低分子薬」→「ペプチド(小さなタンパク質)」→「抗体(大きなタンパク質)」という世界の流れについていけなかったのです。
✔次の革新
コロナ禍をきっかけに、世界の流れはさらに次の段階に進みました。主役はメッセンジャーRNA(mRNA)です。これまでのバイオテクノロジーでは工場でタンパク質を作って体に注入していましたが、タンパク質の設計図であるmRNAを体に注入し、細胞自身に直接さまざまなタンパク質を作らせるのです。
これなら急な感染症が発生しても、病原体の遺伝情報を分析すれば素早くmRNAが作れます。工場でタンパク質を作るより簡単です。
mRNA技術はコロナワクチンのほかにも多くの薬に応用できます。製薬の全体を転換する挑戦だったのです。日本にも挑んでいた研究者はいました。東京大の石井健教授らは、2016~18年、コロナウイルスの一種が原因で起こる中東呼吸器症候群(MERS)の治療用に、mRNAワクチンを開発していましたが、国の研究費がつかず頓挫しました。
本紙の昨年の取材に「動物実験ではいい結果が出ていたが、先に進めなかった」と無念を語っています。
今日のような状況を予測するのが難しかったのは確かですが、もし完成していれば国産ワクチンがもっと早く世に出たかもしれません。このケースに象徴されるように、政府や製薬会社が、技術革新の流れを読みきれず、新技術への投資を惜しんだことで、ワクチンも含めた新薬開発力は衰えてしまいました。
浜口さんは、今後の薬やワクチンの研究ではこの大きな流れを意識することが重要だと強調します。「日本は抗体医薬では完全に負けた。このままではRNAが第二の敗戦になる」と危機感を示します。
✔基盤作り
従来の技術が不要だというわけではありませんが、新しい技術を積極的に取り入れた幅広い基盤が必要です。この視点で開発中の国産ワクチンを見てみましょう。
現在最も開発が進む塩野義製薬のワクチンは、工場のタンクの中で、遺伝子組み換え技術を使って昆虫の細胞にワクチンとなるタンパク質を作らせる「組み換えタンパクワクチン」と呼ばれます。4月末、最終段階の治験を始めたKMバイオロジクスは、従来の方法をとります。
工場でコロナウイルス自体を増やし、その感染力をなくしてワクチンにする「不活化ワクチン」です。そして、第一三共は石井教授らと協力してmRNAワクチンを開発しています。
既に海外製が普及している中で、これから完成する国産ワクチンが広く国民に使われる可能性は高くありません。それでも研究が続けば人材は育ち、次のパンデミック(世界的大流行)へ重要な備えになります。
(令和4年5月16日付中日新聞朝刊より)
※この記事は、中日新聞社の許諾を得て転載しています。
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