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多治見の消防のはじまり

    • 2019年02月26日(火)
    • 写真館

多治見の消防の始まりは、1864年(元治元年)といわれます。多治見村の有志で半鐘を調達し、火事を始め、急難時に活用して住民を招集するなど、自主的に消防活動に寄与したようです。

1883年(明治16年)に現在の新町1丁目で家が全焼、翌1884年(明治17年)には池田町屋で13戸を全焼する大火災が起きたことがきっかけとなり、多治見町に私設の消防組が作られました。1887年(明治20年)には池田町屋でも私設消防組が発足、ほかの地区でも明治末期から大正期にかけて次々と私設消防組が誕生しました。1894年(明治27年)、政府から消防組統一を図る「消防組規則」が出され、私設消防組は相次いで公設消防組へと発展していきました。

写真は、豊岡消防組に続き、1927年(昭和2年)に多治見消防組が購入したポンプ自動車、ハドソン社製。これにより放水・消化力は増大しました。

現在、多治見市消防団の組織は団本部、15分団、消防音楽隊、機能別消防団員で編成されています。主な管轄区域は下記の通りとなっています。

  • 団本部:市内全域
  • 中央南分団:養正校区、昭和校区
  • 中央北分団:精華校区
  • 共栄分団:共栄校区
  • 小泉分団:小泉校区
  • 池田分団:池田校区(27区を除く)
  • 市之倉分団:市之倉校区
  • 滝呂分団:滝呂校区(38区、40区を除く)
  • 南姫分団:南姫校区
  • 池田南分団:池田校区(27区)
  • 北栄分団:北栄校区
  • 脇之島分団:脇之島校区
  • 滝呂台分団:滝呂校区(38区、40区)
  • 根本分団:根本校区
  • 笠原第1分団:笠原校区(41区、45区、46区、47区、48区)
  • 笠原第2分団:笠原校区(42区、43区、44区)