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【コロナ対策】新聞で正確な情報を!/コロナ深知り!㉒「RNAワクチン、生命科学の粋」

    • 2021年08月30日(月)
    • いいね新聞生活

常識覆した女性科学者

未知の病原体だった新型コロナウイルスに対して、驚異的な早さで開発されたRNAワクチンが、高い効果を発揮しています。実現には「壊れやすい遺伝物質のRNAなんて医療には使えない」という常識にとらわれなかった研究者たちの信念と、長年の努力がありました。この研究成果に対して、ノーベル医学生理学賞が贈られるのではないかとの期待も高まっています。(森耕一)

がん治療にも 広がる可能性

「RNAワクチンのレシピには、生命科学の発見が詰まっている」。長年、遺伝子を研究してきた科学者の言葉です。

生命科学者は前世紀後半から、遺伝子として働いているのはDNAやRNAという物質だと突き止め、その働きや、その中に書き込まれている遺伝情報を解明してきました。そしてついに、その遺伝物質を自在につくって、医薬品として体に入れるところにまで到達したのです。

「セントラルドグマ」。DNAの二重らせん構造を発見したフランシス・クリックが、DNAの遺伝情報がどう働くかを表すためつくった言葉です。「生物学の中心原理」ともいわれます。

細胞の核にあるDNAには、体に必要なあらゆるタンパク質の設計図が暗号で書き込まれています。その暗号情報を身軽な伝達役のメッセンジャーRNAという物質に「転写」します。そのRNAが細胞内のタンパク質工場に情報を運び、そこで暗号が「翻訳」されてタンパク質がつくられます。タンパク質は体の組織をつくるほか、酵素や抗体などとしても働きます。「DNA→RNA→タンパク質」。この流れが体をつくり、命を維持している。生命の中心(セントラル)の流れなのです。

✔生産委託

タンパク質は、多くの機能を持つ重要な物質なので、ワクチンなど医薬品に広く使われてきました。ただ、タンパク質はとても複雑な立体構造をしていて、医薬品工場でつくるには高い技術が必要で費用もかかります。

遺伝子研究が進む中で、セントラルドグマを利用しようという新しい発想が生まれました。タンパク質の前段階のRNAを体の細胞に入れ、その情報に基づいて、細胞自身にワクチンや薬の成分となるタンパク質をつくってもらおうというのです。

RNAは、四種類の部品が並んだ鎖状の物質です。タンパク質より単純で素早く大量につくれます。難しいタンパク質づくりは、“本職”である体の細胞に任せるのです。ただ、ほとんどの研究者は、そんなことは不可能だと考えてきました。

なぜなら、RNAは身軽だけどもろい物質で、細胞内で遺伝情報を届けると短時間で壊れるからです。工場から運んで、注射して、細胞の中まで届けるのは不可能だと考えられてきました。また、もし細胞に入っても、体外でつくられた異物として免疫システムに壊されます。

この壁に挑んだのが、米ペンシルベニア大の女性研究者カタリン・カリコ博士です。米ニューヨークタイムズ紙によれば、ハンガリー生まれのカリコ博士は、1990年ごろから一貫してRNAを研究してきましたが、恵まれた環境ではなく、任期付きポストで研究室を渡り歩いたといいます。

試行錯誤の末に2005年、RNAの「ウリジン」という部品を別の「シュードウリジン」に置き換えると、細胞の免疫がおとなしくなり、RNAを排除せず取り込むことを突き止めました。医療に使える可能性が開かれたのです。免疫学が専門の宮坂昌之・大阪大招へい教授は「実にうまく免疫をかいくぐったノーベル賞に値する素晴らしい発見だ」と評価します。

その価値に気付いた研究者はほとんどいませんでしたが、今回のワクチンを開発したベンチャー二社、独ビオンテックと米モデルナは、カリコさんの成果を基に、がん治療などのRNAワクチン、医療の開発に乗り出していました。改良の過程で、細胞膜に近い油の膜でRNAを包むことで、効率よく細胞に届けられるようになりました。

宮坂さんによれば、油の膜があることで筋肉注射された際、うまくリンパ管に入り込んで免疫細胞に近づくことが分かってきました。「ダイレクトに免疫細胞にRNAが届く。体の必要な場所に届けることが、これまでで最もうまくいった例。高い効果の一因だ」とみます。

✔応用

誰にも注目されない時代から、可能性を信じた地道な研究があり、さらにベンチャー二社ががん治療などの臨床研究まで始めていたからこそ、新型コロナウイルスの遺伝子配列が分かった数日後にワクチンの試作品が完成しました。

 RNA研究の第一人者の新潟薬科大の古市泰宏客員教授は「カリコさんは、周りに何と言われようと頑迷なまでにRNAを信じた。それを受け入れる米国は懐が深い」と話します。

 RNAは、その効果の高さが実証された今、さまざまな応用が考えられます。古市さんは「個々の患者のがんの遺伝情報に合わせ、免疫に攻撃させるテーラーメードのがんワクチンがつくれるのでは」と予測。宮坂さんは「今よりずっと有効なインフルエンザワクチンや、難病の免疫病の治療薬ができる可能性は十分ある」と期待しています。

(令和3年8月23日付中日新聞朝刊より)※この記事は、中日新聞社の許諾を得て転載しています。

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