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【コロナ対策】新聞で正確な情報を!/コロナ深知り!㉕「抗体医薬㊦ 治療現場から」

    • 2021年12月11日(土)
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国挙げ迅速な製造体制を

新型コロナウイルス感染症やその次の感染症への対応を目指した抗体医薬の研究が国内で進み、有望という抗体が次々と報告されています。しかし、壁に直面しています。抗体の製薬基盤が弱く、製造工程の確立には数年かかるというのです。現場の研究者たちは「感染症の治療薬はスピードが大事。将来への備えとして、迅速に抗体医薬を製造できる体制を国策で構築すべきだ」と訴えます。(増井のぞみ)

企業の投資限界 米では開発支援

抗体は、狙った標的に結合して無力化するタンパク質で「魔法の弾丸」と呼ばれます。医薬品としては、生き物が病原体に反応して作った抗体を基に動物細胞で製造する方法が一般的です。コロナの治療薬としては、ウイルスのとげにくっついてヒトの細胞への侵入を防ぎます。

✔素早く

国内の主な研究グループを取材したところ、最も進んでいるのは慶応大学です。コロナの回復患者の血液からデルタ株やミュー株など変異株にも効果がある抗体を作製済みで、田辺三菱製薬と共同研究をしています。臨床試験(治験)に向け抗体を産生する動物細胞を樹立する「セルバンク」の製造を計画しています。

今後一年半かけ治験薬を製造し、2023年度から治験を行い、24年度に承認申請を目指します。慶応大の竹下勝助教(リウマチ・膠原病内科)は「日本には抗体を迅速に自社製造できる製薬企業が少なく、国内外の医薬品製造受託会社に頼らざるを得ない。世界のスピードと競うには、国内で半年程度で治験薬を作れる体制が必要だ」と話します。

竹下さんの念頭には、米製薬企業「リジェネロン」があります。同社は、昨年2月に抗体の取得を始め、4月に抗体二種類を選び、6月にはこれらを混ぜて投与する「抗体カクテル療法」の治験を開始。この薬が国内で今年7月に特例承認された「ロナプリーブ」です。米国では抗体を決めてわずか二カ月で治験薬を製造したことになります。

✔タンク

なぜ短期間で治験薬を製造できたのでしょうか。国立感染症研究所の高橋宜聖治療薬・ワクチン開発研究センター長は「さまざまな要因がある中で、米国生物医学先端研究開発局(BARDA)という組織が抗体カクテルの開発費用を支援したこともその一つ」と解説します。BARDAは、公衆衛生上の危機に対応するために治療薬などの企業開発支援をする米政府組織ですが、日本にはこれに当たる組織はありません。

日本の抗体医薬の製造体制はどうでしょう。日本製薬工業協会の田熊晋也・バイオ医薬品委員長によると、国内で抗体医薬のタンクなど製造設備を持つのは、自社と受託を合わせても数社しかありません。1990年代に欧米は抗体医薬の研究開発を進めた一方、日本は経口薬など化学合成で作る低分子医薬が主流であり出遅れてしまいました。

もう一つの理由は設備投資。抗体医薬の細胞工場を作るのに「イメージとしては百億円以上」と高額なため踏み切れない会社が多かったといいます。田熊さんは「多くの日本企業は、抗体医薬の基盤整備に向けた投資額とタイミングの判断は難しいと感じている」とみています。

動物から

お金がかかるという従来の抗体医薬の概念を覆そうと、「次世代治療薬」の研究も始まっています。ラクダ科動物のアルパカの抗体や、ヒトの構造タンパク質「フィブロネクチン」を骨格にした「人工抗体」です。どちらも、ヒトの抗体の約10分の1の大きさなため、動物細胞より安価な微生物で製造できます。

埼玉大学発ベンチャー「イプシロン・モレキュラー・エンジニアリング(EME)」塩野義製薬などは8月、アルパカの抗体を基にしたコロナの予防薬の研究開発に乗り出しました。抗体の粉末を鼻や肺にスプレーして、ウイルスの感染を防ぐ狙いです。製造方法など課題は多く、5年以内の治験開始が目標です。

塩野義製薬の広報担当者は「感染症は安定した市場ではないため2000年以降、日本の製薬業は感染症離れが進んでいた。貴重な税金が海外に流れないよう、国産薬に投資して貢献したい」と抱負を語ります。

感染症はいつ起こるかわからず、営利目的の企業が投資するには限界があります。コロナで蓄積した技術を今後へ生かせるか、国の備えが問われています。

(令和3年11月29日付中日新聞朝刊より)
※この記事は、中日新聞社の許諾を得て転載しています。

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