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美智子さま講演録

    • 2019年06月05日(水)
    • いいね新聞生活

5月3日から16日にかけて、中日新聞の社会面に「子供の本と平和」と題する連載が10回にわたって掲載されました。これは、上皇后の美智子さまが皇后時代の1998年9月、インド・ニューデリーであった国際児童図書評議会(IBBY)世界大会で、ビデオで基調講演された際の講演録です。連載期間中、ニュースが多くて何日か休載した日があり、そのたびに紙面下方の片隅に「お断り」を出したのですが、気づかれにくく、読者から社に計100件を超える問い合わせがありました。それだけ多くの人が、毎回楽しみに読まれていたということだと思います。

世界大会開催時、ビデオ講演の内容が新聞掲載されると、広く感動を呼び、国内外で講演録が出版されました。本が身近にあることの大切さ、読書が人間形成にいかに大きな役割を果たすかについて、自らの子供時代の読書体験を交えながら、考え抜かれた、しかも平易な言葉で語られていました。当時、紙面で講演内容を読んだ私は、皇后という存在を離れ、本の恵みを受けた人生の先輩から語り掛けられているような気持ちを抱いたことを覚えています。

今回の講演録の連載であらためて気づかされたのは、20年も前の講演なのに、内容は古びるどころか、今まさに個人、社会、国それぞれが直面する課題に対するメッセージであるということです。だからこそ、新聞社の編集サイドも、改元し、新時代を迎えたのを機に講演録の再掲を思い立ったのでしょう。

講演の冒頭の方で、美智子さまは、人と人、人と自然や社会との関係について、次のような考え方を披露しています。少し長くなりますが、興味深いので引用してみます。「生まれて以来、人は自分と周囲との間に、一つ一つ橋をかけ、人とも、物ともつながりを深め、それを自分の世界として生きています。この橋がかからなかったり、かけても橋としての機能を果たさなかったり、時として橋をかける意志を失った時、人は孤立し、平和を失います。この橋は外に向かうだけでなく、内にも向かい、自分と自分自身との間にも絶えずかけ続けられ、本当の自分を発見し、自己の確立をうながしていくように思います。」

美智子さまは講演を通じて、橋をかける作業、つまり自分と他との関係性を築く作業に必要な「共感力」「想像力」は、子供時代から活字に親しむことで培われ、読書は自己の確立と成長ための「根っこを与え、翼をくれた」と振り返っています。

先の引用で、「人」を「国」に置き換えたらどうでしょう。他の国との間に橋がかからなくなったときに、この国がどうなったかは歴史が証明しています。「読書は、人生の全てが、決して単純でないことを教えてくれました。私たちは複雑さに耐えていかなければならないということ。人と人との関係においても。国と国との関係においても」。20年前に美智子さまが発した貴重なメッセージを、われわれは今の時代だからこそ、身に刻む必要があると思うのです。(有)