マイティラインとは

田中大輔さんの歩み

    • 2019年05月22日(水)
    • ドラ番記者プラール

三次で中日の1軍が試合をするのは初めて。記者も初めて訪れた球場で、懐かしい名前を見つけた。正面入り口に飾ってあったのは当地出身のプロ野球選手のレリーフ。二岡智宏さん、福原忍さんとともに田中大輔さんの名が並んでいた。

2007年に希望枠で中日入団。正捕手候補として期待されたが14年に戦力外となり、オリックスへ移籍。16年限りでユニホームを脱いだ。記者の記憶にあるのは、常に前向きな言動。試合に出られなくても自信に満ちていた。

その田中さんは今、名古屋で保険会社の営業マンとして第二の人生を歩んでいる。昨年、ナゴヤ球場で会った際には「最近、子どもたちに野球を教えているんですよ」と話していた。うれしそうな笑顔を思い出した三次の夜だった。

(高橋雅人)